家族なのに、なぜか疲れる理由。距離感から考える、心が荒れない住まいの話。

ユーザー やまぐち建築設計室 山口 哲央 の写真

家族の距離が、暮らしの質を決めているかもしれません

住まいは、
家族の距離感や心の状態を、
とても静かに左右しています。

毎日を過ごしていると、
その影響にはなかなか気づきにくいものですが、
実は住まいのつくり方ひとつで、
暮らしの感じ方は大きく変わります。

人には誰しも、
「近づかれると疲れる距離」があります。

それはわがままでも、
性格の問題でもありません。

人が本能的に持っている、
パーソナルエリアと呼ばれる
目に見えない心の領域です。

この距離の扱い方次第で、
暮らしの質は、驚くほど変わっていきます。

間取りやデザインの前に、考えていること

やまぐち建築設計室では、
間取りやデザインを考える前に、
必ず立ち止まって考えることがあります。

それは、

人と人との距離
視線の向き
気配の伝わり方
空間の余白

こうした、図面には描きにくい感覚です。

どれも、
暮らしの中では当たり前のようでいて、
実は心の状態に大きく影響しています。

「心が荒れにくい住まいとは、どんな環境なのか」

その問いから、
設計を組み立てています。

段差とスキップフロアが生み出す、やさしい距離感

今回の写真は、
和モダンの住宅における
スキップフロアのあるリビング空間です。

床の段差や、
階段途中に設けた中間領域によって、
空間はひとつでありながら、
距離感がやわらかく分節されています。

中庭からの光が奥まで届き、
視線は抜けながらも、
密接しすぎない関係性が保たれる。

同じ空間にいながら、
それぞれが自分の居場所を感じられる設計です。

こうした距離の調整が、
日常の緊張を、
少しずつ、静かにほどいていきます。

住まいを「人生を整える環境」として考える

住まいを、
人生を整えるための環境として考える。

それが、
私たちの建築思想です。

家族の距離が、
暮らしの質を左右している部分もある。

そう感じることが、
設計の現場では少なくありません。

パーソナルエリアという考え方

人には誰しも、
自分の身体のまわりに
目に見えない「心理的な領域」を持っています。

これを
パーソナルエリア(パーソナルスペース/対人距離)
と呼びます。

他人が無断で入り込むと、
理由もなく不快や緊張を感じる空間です。

たとえば、

満員電車で感じる息苦しさ
公共のベンチで、隣に座られたときの違和感
会話中、無意識に一歩下がりたくなる瞬間

これらはすべて、
パーソナルエリアが侵されているサインです。

距離には「段階」がある

アメリカの文化人類学者
エドワード・ホールは、
人と人との距離を
次の4つに分類しました。

密接距離(約45cm以内)
 恋人や家族など、極めて親しい関係
個体距離(約45cm〜120cm)
 友人や親しい同僚との自然な会話距離
社会距離(約120cm〜360cm)
 仕事やフォーマルな場面での距離
公衆距離(約360cm以上)
 講演や集会など、不特定多数への距離

この距離感は、
関係性や文化、年齢、
その時の心の状態によっても変化します。

特に日本人は、
パーソナルエリアが比較的広い傾向がある
とも言われています。

家の中こそ、距離が人を疲れさせる

多くの人は、
パーソナルエリアの話を
「外の世界の話」だと感じています。

けれど実際には、
家の中こそ、距離の影響が大きい。

なぜなら、
住まいは「毎日」「長時間」
過ごす場所だからです。

外であれば我慢できる違和感も、
住まいでは、
少しずつ積み重なっていきます。

家族だから、ずっと近くていいわけではない

「家族なんだから、距離は近い方がいい」
「一体感のある間取りが、仲の良い家族をつくる」

そう思われがちですが、
これは半分だけ正解です。

距離がまったく取れない住まいは、
知らず知らずのうちに、
無意識の疲労を生み出します。

常に視線が合い、
常に気配が伝わり、
常に声が聞こえる。

心理学的には、
軽い緊張状態が
ずっと続いている状態です。

「理由もなくイライラする」その背景

設計前のご相談で、
こんな言葉を耳にすることがあります。

「大きな不満はないんです」
「でも、家にいるとイライラすることが多くて…」

この場合、
問題は感情ではありません。

距離の問題であることが、
とても多いのです。

密接距離に入りすぎている
個体距離が確保できていない
逃げ場がない
一人に戻れる場所がない

この状態では、
脳も心も休まりません。

良い住まいは、関係を「守る」ためのもの

私たちは、
家族の距離感をこう捉えています。

仲良くするために、
近づけるのではない。

壊れないために、
離れられるようにする。

距離が取れるから、
また自然に近づける。

これは、
心理学的にもとても大切な考え方です。

距離は、壁だけで生まれるものではありません

距離というと、
壁や部屋数を思い浮かべがちですが、
実際にはもっと繊細な要素で決まります。

視線の角度
床レベルの差
天井の高さ
光の方向
音の抜け方
家具の配置
動線の交差

ほんの少しの違いで、
心理的な距離は大きく変わります。

和モダン住宅が落ち着く理由

和モダンの住まいに、
「なぜか落ち着く」と感じる人は多い。

それは、
意匠だけの理由ではありません。

障子や格子、縁側、余白。
これらはすべて、
距離をやわらかく調整するための
日本の知恵です。

密接距離と個体距離を、
自然に切り替える装置とも言えます。

住まいに必要なのは「可変する距離」

現代の暮らしは、
情報も刺激も多い時代です。

だからこそ、
距離を固定しない柔軟さが必要になります。

集まるときは集まれる
離れたいときは、そっと離れられる
見守れるけれど、干渉しない

この切り替えができる住まいは、
時間をかけて、
家族関係を支えてくれます。

子どもにも、夫婦にも必要な距離

子どもにも、
きちんとしたパーソナルエリアがあります。

常に見られ、
常に声をかけられ、
一人になれない環境では、
集中力や自律性が育ちにくい。

夫婦関係も同じです。

近すぎると、
言葉が荒れやすくなり、
遠すぎると、
会話が減ってしまう。

良い住まいは、
会話が生まれやすく、
衝突が長引きにくい距離をつくります。

建築家が行っていること

私たちが設計の初期段階で
大切にしているのは、

「何畳必要か」よりも
「どんな距離が必要か」という視点です。

距離を読み違えると、
どれだけ高性能で美しい家でも、
暮らしは息苦しくなってしまいます。

上質な住まいとは

上質な住まいに共通しているのは、
派手さではありません。

距離の扱いが、
とても丁寧であること。

近づきすぎない
でも、孤立しない
見えるけれど、侵さない

この距離感が、
品のある空間をつくります。

距離が整うと、暮らしが変わる

距離が整った住まいでは、

声を荒げる必要が減り
無意識の疲労が減り
一人時間が肯定され
家族との時間を、素直に楽しめる

住まいが人を変えるのではありません。
人が本来持っているバランスを、
環境が引き出しているのです。

最後に

もし、

家にいるのに落ち着かない
家族との距離に違和感がある
住まいを変えたい理由が言葉にできない

そう感じているなら、
それは間取りではなく、
距離の問題かもしれません。

やまぐち建築設計室では、
住まいを「形」ではなく、
人の感覚から考える設計を行っています。

距離を読み、
距離を整え、
無理のない暮らしをつくる。

今回のブログが、
住まいと暮らしを見直す
小さなきっかけになれば幸いです。

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■やまぐち建築設計室■
奈良県橿原市縄手町387-4(1階)
  建築家 山口哲央
https://www.y-kenchiku.jp/

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