住まいは、心のどこに寄り添っているか ― 人生と感情のあいだを整える暮らしを考える ―

ユーザー やまぐち建築設計室 山口 哲央 の写真

心が休まる場所は、人生のどこにあるのか?

想像に疲れた心を、

住まいが受け止めるときに。

人の心は、

現実そのものよりも

「どう想像しているか」によって、

大きく左右されます。

起きてもいない未来を思い煩い、

過ぎ去った出来事を何度も反芻し、

本当は「今ここ」に

あるはずの時間から、

知らないうちに

心だけが遠くへ行ってしまう。

そんな経験は、

誰にでもあるのではないでしょうか。

それは決して、弱さではありません。

むしろ、

考える力を持った人ほど、

想像の世界に

深く入り込みやすいものです。

性能も水準を満たしている。

暮らしが破綻しているわけでもない。

それでも、

日常の中に

小さな引っかかりが

残り続けている。

家に帰っても、

気持ちが切り替わらない。

一日の終わりなのに、

どこか身構えたまま

過ごしている。

こうした状態は、

住まいが「間違っている」から

起こるのではありません。

多くの場合、

空間が、

暮らしの変化や

心の成熟に追いつかず、

無意識の負荷を

抱え込んでしまっているだけなのです。

住まいは、

単なる生活の背景ではなく、

日々の感情や

思考の癖と

静かに呼応する存在です。

その小さなズレが積み重なったとき、

人は理由のはっきりしない

居心地の悪さを

感じ始めます。

私は、

建築を

「気分を高揚させるための装置」

だとは考えていません。

もちろん、

美しさは大切です。

心がときめく瞬間も、

人生には必要です。

けれど、

それ以上に大切なのは、

想像に逃げなくても、

現実の自分と

穏やかに向き合える場所

であること。

疲れたときに、

無理に前向きにならなくていい。

何かを成し遂げていなくても、

そのままで居ていい。

そう感じられる空間には、

過剰な主張がありません。

音も、光も、動線も、素材も、

どこか控えめで、

余白がある。

その余白が、

人の心に

ちょうどいい距離感を

与えてくれます。

人生には、

喜びもあれば、

怒りや悲しみ、

言葉にしづらい感情もあります。

住まいの役割は、

それらを消すことではありません。

むしろ、

感情と程よい距離で

付き合える環境を

整えること。

・一人になれる場所がある

・視線を外せる余白がある

・何も考えずに過ごせる時間帯がある

そうした設計の積み重ねが、

感情の波に

飲み込まれすぎない暮らしを

支えます。

心理学の世界では、

「安心できる環境」が

人の回復力を高めることが

知られています。

建築も同じです。

安心できる空間は、

人に

「考えすぎなくていい時間」を

与えてくれます。

日々の暮らしの中で、

私たちは知らないうちに、

多くのものを背負っています。

役割、責任、期待、判断。

それらを、

常に意識しているわけでは

ありません。

だからこそ住まいには、

無意識に背負っているものを、

そっと下ろせる場所

が必要です。

帰宅した瞬間に、

肩の力が抜ける。

椅子に座っただけで、

呼吸が深くなる。

窓の向こうを眺めているうちに、

考え事がほどけていく。

そうした体験は、

設計によって

つくることができます。

住まいは、

人生の伴走者であってほしい。

家づくりは、

人生の答えを出す作業では

ありません。

むしろ、

これからも揺れ動く人生に、

寄り添い続ける環境を

整えることだと

私たちは考えています。

住まいがあることで、

強くならなくてもいい。

前向きでい続けなくてもいい。

それでも、

また一歩を踏み出せる。

そんな場所が、

本当の意味で

人の心を守る住まい

なのだと思います。

今回のblogが、

皆さん自身の暮らしや

住まいを見直す

きっかけになれば幸いです。

‐‐----------------------------------------
■やまぐち建築設計室■
奈良県橿原市縄手町387-4(1階)
  建築家 山口哲央
https://www.y-kenchiku.jp/

住まいの設計、デザインのご相談は
ホームページのお問合わせから
気軽にご連絡ください
------------‐-----------------------------