宮脇檀の出石

ユーザー TAM建築設計室 新井敏洋 の写真

故宮脇檀は私どもの働いていた事務所の所長であり設計の先生でもあります。
姫路市にある宮脇先生の書写の里・美術工芸館が3月一杯で閉館することになり、
姫路と宮脇先生の作品が多く残る出石に行ってきました。

書写の里はブログに書きましたが今回は出石です。

静思堂「斎藤隆夫記念館」

宮脇先生が評論家草柳太蔵さんの紹介で、軍国化が進む中、国会で反戦を直言した斎藤隆夫を顕彰し地元出石に設計しました。

教鞭をとった大学のゼミでの日本の集落のデザインサーベイとこのころから始まった環境をつくる住宅団地の設計と「風土+建物」のテーマがつながっていく流れの偶然の面白さを感じます。このころまとめた書籍「住宅設計のノウハウ」は環境から始まります。
お堀と長屋門をもち、風景との調和がテーマの住まい「中山邸」の設計もこのころです。(竣工は同年)

「静思堂」の設計を隣で見ながら、「中山邸」の実施の手伝いをし、住宅団地の「高幡鹿島台ガーデン54」、「住宅設計のノウハウ」を担当し、「風土+建物」を大いに意識づけられました。

主屋の軸線は向かいの伊福部神社に向かい、斎藤隆夫の思想につながる「大観静思」(静かに思いを巡らせる)の空間を赤壁と木の回廊と主屋で温かく囲んでいます。

赤壁の参考にしたと思われる出石酒蔵

「伊藤清永記念館」

地元出身の洋画家伊藤清永の美術館です。

「静思堂」の7年後の作品です。

私どもが独立した次の年に竣工しました。

写真右隣の「家老屋敷」のスケール感が同じになるように建物を分節しています。屋根に出っ張るハイサイドライト、瓦屋根と金属板腰葺きと腰葺き入口部のむくり破風のデザインはこのころ多く見られます。「書写の里」はこの4年後ですが、腰葺き、むくり破風、ファサードの列柱、曲面ガラスブロックの壁等共通項が数多く見られます。

瓦屋根の棟や妻飾りも好んでデザインしています。

階段のデザインも好きでディテール、素材までスケッチに描き込みます。

底面と壁面が一体の鉄板でつくっています。

「豊岡市出石支所」

「伊藤清永記念館」と正対し城跡場所に小学校を移転しつくられました。地元のシンボルで時を告げる「辰鼓楼」に全面ガラスの市民ホールを向けています。

手渡されるスケッチにはVISTA→という書き込みが必ずあります。

正面は平屋建てのように見えますが、支所の他中庭を挟んで図書館やコミュニティセンターのある複合施設です。

ここでもスケールを抑えるデザインをしています。

中庭です。

壁面のバルコニーの庇の曲面と妻飾りの曲面が呼応しています。
壁面内のバランスの良いデザインはとても好きで参考になります。

宮脇先生の元での仕事は7年です。

住宅の設計は、100枚以上の図面を描き、現場に60回以上通いました。
担当者にすべて任されています。不経済で迷惑な話ですが、大いに勉強しました。
現場の回数が多いほど現場監督や職人さんたちに教えられることが多いです。
住宅団地では曲がった道に石を敷き植栽ボックスの立上りにつながるのですが、土木工事にもかかわらず目地を通した詳細図を描きそのまま現場に提出させていただきました。ゼネコンの担当者のおかげでその通りになり感激しました。掲載紙評では土木ではありえないという表現があり、見てくれる人もいるのもうれしい限りです。

勉強は終わり独立です。

風土と住まいの考え、職人さんたちとつくる、こだわりを持ってつくることは私どものテーマとなりました。

宮脇先生ならどうするかという考えは常にあります。