効率を優先しすぎたときに起きること

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打ち合わせの中で、
間取りを整理していくと、

 

「もっと短く動けるようにできますか」

 

そんな話になることがあります。

 

キッチンから洗面。

 

洗濯から収納。

 

できるだけ移動を減らして、
無駄なく動けるようにしたい。

 

家づくりでは、
効率を考える場面がたくさんあります。

 

もちろん、
それは大切なことです。

 

毎日の負担を減らし、
暮らしを楽にしてくれる部分もある。

 

けれど、
効率を優先しすぎると、

 

どこか落ち着かない空間になることがあります。

 

必要なものが、
すぐ手の届く場所にある。

 

最短距離で動ける。

 

それなのに、
なぜか気持ちが休まらない。

 

この感覚は、
珍しいものではありません。

 

暮らしは、
作業だけではできていないからです。

 

人は、
ただ効率よく動くだけではなく、

 

立ち止まったり、

 

ぼんやりしたり、

 

気持ちを切り替えたりしながら
過ごしています。

 

その余白がなくなると、

 

空間全体に
緊張感が残ることがあります。

 

また、
効率を追いかけすぎると、

 

「こう使うべき」という形が
強くなりすぎることもあります。

 

すると、
暮らしが空間に合わせる状態になり、

 

少し窮屈さを感じることがある。

 

もちろん、
使いにくいほうがいいわけではありません。

 

けれど、
便利さや効率だけでは、

 

長く続く心地よさは
生まれにくいことがあります。

 

少し遠回りでも、
気持ちが落ち着く動線。

 

少し余白のある空間。

 

そうした部分があることで、

 

暮らしには
呼吸するような余裕が生まれます。

 

設計では、
効率を整えながら、

 

同時に、
力を抜ける感覚も大切にしたいと思っています。

 

効率を優先しすぎたときに起きることは、

 

不便になることではなく、

 

気持ちの余白が少なくなることなのかもしれません。