余白があることで生まれるもの
投稿日時:
2026-06-15 08:05
打ち合わせの中で、
間取りを整理していると、
「このスペース、何に使うんですか?」
と聞かれることがあります。
特別な用途が決まっているわけではない。
収納でもない。
機能として必要不可欠というわけでもない。
そうした空間は、
効率だけを考えると、
少し無駄に見えることがあります。
けれど、
暮らしの中では、
その“余白”があることで、
生まれてくるものがあります。
たとえば、
何気なく立ち止まる場所。
少し座って、
ぼんやりする時間。
特に目的はないのに、
なぜか落ち着く場所。
そうした感覚は、
ぎりぎりまで機能を詰め込んだ空間では、
生まれにくいことがあります。
暮らしは、
常に効率よく動くことだけで
できているわけではありません。
急がない時間。
考えごとをする時間。
気持ちを整える時間。
そうした余裕も、
毎日の中には必要です。
余白があることで、
空気にゆとりが生まれます。
視線が抜けたり、
気持ちが少し落ち着いたり。
その感覚が、
居心地につながっていくことがあります。
また、
余白のある空間は、
暮らしの変化にも
柔軟に対応しやすくなります。
最初は用途が決まっていなくても、
時間が経つ中で、
自然と使い方が見つかることもある。
その自由さが、
長く暮らす中では
大切になることがあります。
もちろん、
無駄を増やせばいい、
ということではありません。
けれど、
すべてを効率だけで埋めてしまうと、
暮らしに呼吸する場所が
なくなってしまうことがあります。
余白があることで生まれるものは、
便利さでは測れない、
気持ちのゆとりなのかもしれません。
その感覚を少し残しておくことが、
長く心地よく暮らしていくために、
大切なのだと思っています。