奈良で注文住宅を建てるなら|「家」を設計する前に、「暮らし」を設計するという考え方|建物ではなく人生を設計する建築家が考える本当に豊かな住まいとは|

奈良で注文住宅を建てるなら
家を設計する前に「暮らし」を
設計するという考え方
家づくりとは、
人生づくりであるということ。
家を建てようと思ったとき、
多くの人は最初に、どんな家にしようかと
考えます。
平屋にするか、二階建てにするか。
和モダンにするか、ホテルライクにするか。
広いリビングがいいのか、
中庭のある家がいいのか。
もちろん、
それらは大切な選択です。
〇関連blog
奈良で建て替えかリフォームか迷ったら|平屋・二階建て・三階建て・リノベーションまで、後悔しない住まいと暮らしの選び方
https://www.y-kenchiku.jp/blog_detail893.html
しかし、私は二十年以上、
奈良を中心に数多くの住まいを
設計・監理してきて、
一つ確信していることがあります。
本当に大切なのは、
「どんな家を建てるか」ではなく、
「その家で、どんな人生を送りたいのか?」
ということです。
住まいは、
単なる建物ではありません。
家族が「おはよう」と
声を掛け合う場所であり、
一日の疲れを癒やす場所であり、
子どもが成長し、
やがて巣立ち、
夫婦が再び二人の時間を過ごす場所
でもあります。
人生には、
たくさんの節目があります。
結婚した日。
子どもが生まれた日。
小学校へ入学した日。
思春期を迎えた日。
親の介護を考え始めた日。
子どもが独立した日。
そして、
夫婦二人だけの暮らしに戻る日。
そしてその後の暮らし・・・・・。
住まいは、そのすべてを
ありのままに受け止め、
家族の歴史を刻み続けます。
だから私は、
住宅を「商品」として
考えることができません。
住宅とは、
人生という長い物語の環境であり、
家族の記憶を育む
場所だからです。
情報があふれる時代だからこそ、
本当に大切なことを見失いやすい。
今は、
住まいづくりに関する情報が
あふれています。
玄人発信、素人発信、
経験者発信を含めて様々です。
スマートフォンを開けば、
美しい施工事例が次々と表示されます。
SNSには、
憧れのキッチンや
ホテルライクなリビング、
洗練された収納計画が並びます。
動画では、
「失敗しない間取り」
「後悔しない収納」
「人気ランキング」といった情報が
毎日のように発信されています。
〇関連blog
SNSで理想の家を見続けるほど、なぜ家づくりが苦しくなるのか。本当に暮らしやすい家とは何か。建築家が考える「暮らしを整える」という視点。
https://www.y-kenchiku.jp/blog_detail858.html
その情報自体は
決して間違いではありません。
〇関連blog
間取りの前に“暮らしの軸”を整える。情報に振り回されない家づくりと、心地よい住環境をつくるための建築家の視点。住まいの設計と間取り計画段階で情報過多時代に見失いやすい「家づくりの本質」
https://www.y-kenchiku.jp/blog_detail860.html
むしろ、
家づくりを学ぶうえで
役立つことも数多くあります。
しかし、その一方で、
私は設計相談の場で、
こんな言葉を
耳にする機会が増えました。
たくさん見過ぎて、
何が自分たちに合うのか
分からなくなりました。
実は、この言葉こそが、
現代の家づくりを
象徴しているように思います。
情報は増えました。
選択肢も増えました。
けれど、
本当に考えるべきことが
後回しになってしまうことがあります。
「どんな間取りが人気なのか。」
「どんな設備が流行しているのか。」
その前に考えるべきことがあります。
〇関連blog
心が荒れにくい家には理由がある。光・陰影・言葉・空間心理から考える“人生を整える家づくり”という視点
https://www.y-kenchiku.jp/blog_detail854.html
私たちは、
どんな暮らしを送りたいのだろう?
という問いです。
家は、家族の時間を映し出す鏡になる。
朝の風景を思い浮かべてみてください。
朝食を囲む時間。
仕事へ向かう準備。
学校へ行く子どもたち。
その何気ない十五分、
二十分が、
一年では何百時間にもなります。
その時間を慌ただしく過ごすのか。
穏やかな気持ちで送り出せるのか。
実は、その違いは、
家族の性格だけではなく、
住まいのつくり方にも
影響を受けます。
キッチンからダイニングへの距離。
玄関から洗面室への動線。
収納の位置。
自然光の入り方。
視線の抜け。
これらは、
毎日意識することはありません。
しかし、毎日少しずつ、
暮らしの質に影響を与えています。
住まいは、
人を変える魔法ではありません。
ですが、
人が自然と笑顔になれる環境や、
家族が無理なく顔を合わせられる
環境をつくることはできます。
建築とは、
その「自然に起こる幸せ」を
設計する仕事だと、
私は考えています。
建築家が最初に考えるのは、
「間取り」ではありません。
〇関連blog
間取り迷子にならないために。 暮らしやすい家は「生活動線」と暮らしの環境設計で変わる|家事・収納・心地よさを整える住まい提案
https://www.y-kenchiku.jp/blog_detail849.html
設計相談で、
私は最初に「何LDKをご希望ですか」とは
お聞きしません。
ですが、こんなことを伺います。
朝は、どのように過ごされていますか。
休日は、ご家族でどんな時間を
過ごしますか。
料理は、どなたが担当されますか。
子供は、どのように
成長してほしいと願っていますか。
十年後、二十年後には、
どんな暮らしを想像していますか。
一見すると、
建築とは関係のない質問ばかりです。
しかし、この問いの中に、
そのご家族だけの
住まいの最適解があります。
間取りは、
暮らしを実現するための
「手段」です。
目的ではありません。
だからこそ、
やまぐち建築設計室では、
図面を描く前に、
暮らしを丁寧に描くことを
何よりも大切にしています。
それが、
二十年以上設計を続ける中で、
私がたどり着いた
家づくりの原点なのです。
なぜ多くの家づくりは
満足できないのか?
情報が増えた時代の落とし穴
家づくりを考え始めると、
多くの方が最初にすることがあります。
インターネットで検索すること。
InstagramやPinterestで
施工事例を見ること。
動画で「失敗しない間取り」や
「人気の設備」を調べること。
これは、とても自然な行動です。
私自身も、
お客様が家づくりについて
積極的に学ぼうとされる姿勢は、
とても大切だと思っています。
しかし、その一方で、
情報が豊富になった時代
だからこそ生まれた、
新しい悩みがあります。
それは、
情報が多すぎて、
自分たちの答えが
分からなくなることです。
「人気」と「自分たちに合う」は
同じではありません。
SNSには、
魅力的な住まいが
数え切れないほど紹介されています。
ホテルライクなリビング。
美しいアイランドキッチン。
大きな吹き抜け。
ファミリークローゼット。
回遊動線。
中庭。
どれも素敵です。
しかし、その住まいは、
本当にあなたの暮らしに
合っているでしょうか?
例えば、料理が好きで
家族みんなでキッチンに立つご家庭と、
仕事が忙しく、
短時間で効率よく
家事を終えたいご家庭では、
暮しに合う最適解のキッチンは
異なります。
休日を自宅でゆっくり過ごしたいご夫婦と、
アウトドアや旅行を楽しむご家族では、
庭やリビングの使い方も変わります。
つまり、「良い間取り」は
一つではないということ
そして一つだけの正解は
ないということ。
これさえやっておけば大丈夫、
なんでものは存在しません。
そして、正解も存在しないという事。
答えはいくつもありますから・・・・。
読書感想文と家は同じです
と言えば分かりやすいと思います。
そういう意味でも、
「その家族に合った間取り」だけなのです
最適解は・・・・・・。
家づくりは「比較」ではなく
「対話」から始まる。
住宅展示場では、
多くの住宅会社がそれぞれの魅力を
伝えています。
性能。
デザイン。
価格。
保証。
どれも大切な要素です。
しかし、
住まいはカタログだけでは選べません。
本当に必要なのは、
この家で、
どんな毎日を送りたいのか。
という、ご家族同士の対話です。
朝は慌ただしいですか。
休日はどのように過ごしていますか。
家で仕事をする時間はありますか。
友人を招くことは多いですか。
お子様は、
どんな場所で宿題をしていますか。
こうした日常の積み重ねが、
住まいの在り方を決めていきます。
だから私は、
設計の前に暮らしの話を伺います。
図面よりも先に、
そのご家族の一日を
思い描くことから始めます。
家は「完成した瞬間」が
ゴールではありません。
住宅会社の広告では、
美しく整えられた完成写真が並びます。
完成したばかりの住まいは、
どれも美しく見えます。
けれど、本当に大切なのは、
その日から始まる
何十年という暮らしです。
子どもが成長する。
働き方が変わる。
親の介護が始まる。
趣味が増える。
夫婦二人の時間が戻ってくる。
住まいは、その変化を受け止めながら、
ご家族とともに歳月を重ねていきます。
だからこそ、
設計は「今」だけを考えてはいけません。
十年後。
二十年後。
三十年後。
そのときも心地よく暮らせる
住まいであること。
それが、
本当に価値のある住まいだと
私は考えています。
暮らしは、数字だけでは測れない。
断熱性能や耐震性能は、
安心して暮らすための大切な基盤です。
性能を軽視してよいという
意味では決してありません。
しかし、
その性能の上に
どのような暮らしを築くのかは、
数字だけでは決まりません。
朝、やさしい光が差し込むダイニング。
仕事から帰ってほっとできる居場所。
家族が自然と集まるリビング。
季節の移ろいを感じられる窓辺。
静かに読書ができる小さな居場所。
こうした価値は、
性能表には表れません。
それでも、
人の記憶には深く残ります。
家は、性能と感性、
その両方が調和して初めて、
本当に豊かな住まいになります。
「家づくり」で終わらせないために。
私は、お客様に
お伝えしたいことがあります。
家づくりを始めるとき、
ぜひ一度、
ご家族で話し合ってみてください。
「どんな家が欲しい?」
ではなく、
「どんな毎日を送りたい?」
その問いこそが、
住まいづくりの出発点になります。
間取りは、
その問いを形にするための方法です。
設備は、
その暮らしを支える道具です。
デザインは、
その暮らしを心地よく包み込む器です。
そして設計とは、
それらすべてをつなぎ、
ご家族らしい時間を
未来へ届ける仕事なのです。
奈良で注文住宅を建てるなら
「家」を設計する前に、
「暮らし」を設計するという考え方
家づくりとは、人生を設計すること
「家を建てたい。」
そう思ったとき、多くの人は、
まず住宅会社を探します。
展示場へ足を運び、施工事例を見て、
性能を比較し、
間取りを考え始めます。
もちろん、
それは間違いではありません。
家づくりには、
耐震性能や断熱性能、資金計画、
土地選びなど、
考えなければならないことが
数多くあります。
〇関連blog
地震大国日本で家を建てるということ|家は家族の命を守る最後の砦、だからこそ考えたい暮らしの基準
https://www.y-kenchiku.jp/blog_detail888.html
しかし、私は二十年以上、
奈良を中心に住まいを設計し、
多くのご家族と向き合ってきた中で、
一つのことを確信するようになりました。
本当に大切なのは、
「どんな家を建てるか」ではなく、
「その家で、どんな人生を送りたいか」を
考えることです。
〇関連blog
認知の歪みが暮らしを疲れさせる理由|住まい・間取り・住環境と「心」の関係を、建築家が丁寧に整える理由
https://www.y-kenchiku.jp/blog_detail838.html
住宅は、人生で最も高価な
買い物と言われます。
けれど、
本当の価値は金額ではありません。
家とは、これから何十年という
時間を過ごす場所であり、
家族の歴史が積み重なっていく場所です。
朝、子どもに「いってらっしゃい」と
声をかける時間。
仕事や学校から帰り「おかえり」と
迎えられる安心感。
休日に家族で食卓を囲む
何気ないひととき。
季節の移ろいを感じながら
窓辺で過ごす時間。
子どもが成長し、
やがて巣立ち、
夫婦二人の暮らしへ戻る日。
住まいは、
その一つひとつを受け止め、
家族の記憶を育てていきます。
だから私は、
住宅を「建物」としてだけ
見ることができません。
住まいとは、
人生という物語の舞台であり、
その舞台の質が、
日々の暮らしの質に
少しずつ影響を与えていくと
考えています。
家は人を幸せにする道具ではありません。
私は、お客様に
「この家なら幸せになれます」とは
言いません。
それは、
建築家として
誠実ではないと思うからです。
幸せは、
建物そのものが
与えてくれるものではありません。
家族がお互いを思いやること。
日々の暮らしを大切にすること。
健康であること。
人とのつながりを育むこと。
そうした積み重ねの中で育まれるものです。
しかし一方で、住まいは、
その積み重ねを支える
環境になることはできます。
朝日が差し込むダイニングでは、
一日の始まりが少し穏やかになります。
家族が自然に顔を合わせる動線は、
「おはよう」「おかえり」という
何気ない会話を生みます。
探し物をしなくて済む収納は、
時間だけでなく
心の余裕も生み出します。
静かに過ごすことができる読書スペースは、
自分自身と向き合う時間を
与えてくれます。
建築とは、
人を変える魔法ではありません。
〇関連blog
住まいは人の「ふるまい」を育てている|建築家が考える、間取りの工夫と和モダンの空間設計・環境心理学から導く“心が整う”暮らしの家づくり
https://www.y-kenchiku.jp/blog_detail834.html
けれど、人が本来持っている
穏やかさや優しさを
引き出しやすい環境を
つくることはできます。
私は、そのために設計という
仕事があるのだと思っています。
情報が増えた時代だからこそ、
「自分たちの暮らし」を見失いやすい。
今は、
住まいに関する情報があふれています。
SNSを開けば、
洗練された空間が次々と流れてきます。
「人気の間取り」
「後悔しない収納」
「ホテルライクなリビング」
「平屋ランキング」
どれも魅力的です。
繰り返しになりますが、
設計相談で私がよく耳にするのは、
こんな言葉です。
見れば見るほど、
何が自分たちに合うのか
分からなくなりました。
私は、この言葉に
現代の家づくりの難しさが
表れていると感じています。
情報は、選択肢を増やしてくれます。
一方で、本当に大切な
「自分たちらしい暮らし」という軸を
見失わせることもあります。
家づくりに正解はありません。
正解があるとすれば、
それは「そのご家族らしい暮らし」に
最もよく寄り添う住まいです。
だから私は、
設計を始める前に図面の話を急ぎません。
まずお聞きしたいのは、
「どんな家が欲しいですか。」
ではなく、
「どんな毎日を送りたいですか。」
ということです。
建築家が最初に設計するのは、
図面ではありません。
朝は何時に起きますか。
休日はどのように過ごしますか。
料理は好きですか。
本を読む場所はありますか。
ご両親は将来どのように
暮らされますか。
十年後、二十年後、
どんな暮らしを思い描いていますか。
一見すると、
建築とは関係のない質問ばかりです。
しかし、その答えの中に、
そのご家族だけの
住まいのヒントがあります。
間取りは、
暮らしを実現するための手段です。
性能は、
安心して暮らすための土台です。
デザインは、
心地よさを包み込む器です。
〇関連blog
なぜ「整った家」でも満たされないのか|建築家が考える、間取りの前に見直す暮らしの目的と人間関係から導く住まいの設計
https://www.y-kenchiku.jp/blog_detail828.html
そのすべてを支えているのは、
「どんな人生を送りたいか」という
想いです。
だから私は、
図面より先に暮らしを設計します。
それが、
やまぐち建築設計室の
家づくりの原点であり、
二十年以上変わらない設計思想です。
このblogは、
家づくりの方法を
解説するためだけのものではありません。
住まいづくりを通して、
住まい手さんが
人生を見つめ直すための
キッカケとして書いています。
もしこの先を読み進めながら、
ご自身やご家族の未来について
少しでも話し合う
きっかけが生まれたなら、
このブログ投稿には
大きな意味があったと私は思います。
なぜ多くの家づくりは満足できないのか?
情報があふれる時代だからこそ
必要な「暮らしの軸」
家づくりを考え始めると、
多くの方が最初にすることがあります。
インターネットで検索し、
住宅会社のホームページを見て、
SNSで施工事例を保存し、
動画で「後悔しない家づくり」を
学ぶことです。
その行動は決して間違いではありません。
むしろ、
人生で何度も経験することではない
家づくりだからこそ、
慎重に情報を集めることは大切です。
しかし、
情報が豊富になった今だからこそ、
以前より難しくなったことがあります。
繰り返しになりますが
それは、自分たちにとって
本当に必要なものが
見えにくくなったことです。
「人気」が、
あなたにとっての正解とは限らない。
住宅業界には、
その時代ごとの流行があります。
ある時期は吹き抜け。
ある時期はアイランドキッチン。
またある時期は
回遊動線やファミリークローゼット。
もちろん、
それぞれに魅力があります。
しかし、
設計という仕事を長く続けていると、
一つの事実に気付きます。
良い間取りには流行があります。
でも、良い暮らしには流行がありません。
先にも書きましたが
料理を楽しむことが好きなご夫婦と、
平日は忙しく、
家事をできるだけ短時間で終わらせたい
共働きのご夫婦では、
理想のキッチンはまったく違います。
在宅ワークが中心のご家庭と、
休日は外で過ごすことが多いご家庭では、
必要な居場所も異なります。
つまり「人気だから採用する」のではなく、
「自分たちの暮らしに合うから選ぶ」
という視点が大切なのです。
家づくりで本当に比較すべきもの
住宅会社を比較するとき、
多くの人は性能や価格を比較します。
もちろん、それらは大切です。
しかし、私はもう
一つ比較してほしいことがあります。
それは、
その会社は、
どれだけ暮らしの話を聞いてくれるか
ということです。
家づくりは、
建物を買うことではありません。
家族がこれから
何十年も過ごす環境をつくることです。
だから、本来なら
一番時間をかけて話すべきことは、
「何LDKにしますか。」ではなく、
「朝はどんな時間を過ごしていますか。」
「休日はどんな過ごし方をされていますか。」
「十年後には、
どんな暮らしをしていたいですか。」
ということではないでしょうか?
住まいは、その答えを
形にするために存在します。
家は、完成した日から
本当の価値が始まる。
完成したばかりの家は、
どれも美しく見えます。
新しい床。
新しい木の香り。
整った空間。
けれど、本当に大切なのは、
その日から始まる暮らしです。
子どもは成長します。
仕事の働き方も変わります。
親との関わり方も変化します。
趣味も、生活リズムも変わるでしょう。
だから住まいは、
「完成した瞬間」が
ゴールではありません。
暮らしながら育ち、
家族とともに時間を重ねていく器なのです。
設計とは、
今だけを見る仕事ではありません。
十年後、二十年後、
三十年後を想像しながら、
未来の暮らしに備える仕事でもあります。
性能は「安心」を支え、
設計は「豊かさ」を育てる。
断熱性能。
耐震性能。
気密性能。
これらは、安心して暮らすために
欠かせない大切な基礎です。
私は、それらを
軽視する考えはありません。
しかし、性能だけでは
語れない価値が住まいには存在します。
朝日が差し込む食卓で交わされる会話。
庭の木々が
四季を知らせてくれる窓辺。
静かに本を読める
小さな居場所。
仕事から帰ったとき、
「ほっとする」と感じる空気。
数字では表せない、
こうした積み重ねが、
暮らしの満足感を
少しずつ育てていきます。
近年の住環境に関する研究でも、
住まいの満足度は
住宅性能だけでなく、
自然光や空間のつながり、
居心地の良さ、人との関係性など、
多面的な要素と
深く関係していることが
報告されています。
だから私は、
性能を土台としながら、
その上にどんな時間を
積み重ねるかを
設計するべきだと考えています。
暮らしには「余白」が必要です。
設計という仕事をしていて
感じるのは、
便利さだけでは、
人は豊かになれないということです。
効率は大切です。
家事が楽になることも大切です。
でも、暮らしには「余白」が必要です。
窓辺でぼんやり外を眺める時間。
庭に落ちる木漏れ日を見る時間。
家族と他愛もない話をする時間。
何もしない時間。
そうした時間があるからこそ、
人は気持ちを整え、
また明日へ向かうことができます。
私は、この余白も
設計の一部だと考えています。
図面には描けないかもしれません。
しかし、
その余白を生み出す空間は
設計することは可能です。
それこそが、
建築家の設計という職能での
役割だと思っています。
暮らしの軸が決まると、
家づくりは変わります。
家づくりで迷うのは、
選択肢が多いからではありません。
「何を大切にしたいのか」という
軸がまだ見えていないからです。
だから私は、
お客様に最初から
正解らしきものを
提示することはありません。
一緒に考えます。
一緒に悩みます。
一緒に、ご家族らしい
暮らしの時間を探します。
その時間こそが、
価値観の共有という
世界に一つだけの住まいを生み出す
一番大切な設計時間だと
信じているからです。
家は、流行を映す器ではありません。
家族の価値観を映し出す器です。
その器が、
十年後、二十年後にも
「この家でよかった」と
思える場所であること。
それが、
私が設計で目指している
本当の豊かさなのです。
「暮らしを設計する」とは何か?
光・動線・収納・距離感が、
家族の時間を変えていく。
「暮らしを設計する」と聞くと、
少し抽象的に感じるかもしれません。
けれど、
実際にはとても具体的なことです。
朝、どこから光が入るのか。
帰宅したとき、
鞄や上着をどこに置くのか。
食事の支度をしながら、
家族の気配を感じられるのか。
洗濯物を洗い、干し、畳み、
しまうまでの流れに無理がないか。
子どもが成長したとき、
親との距離感をどう保てるのか。
夫婦それぞれが、
一人になれる場所を持てるのか。
親を迎える日が来たとき、
住まいはその変化を
受け止められるのか。
これらは、
単なる間取りの話ではありません。
毎日の感情、家族との関係、
心の余裕に関わる話です。
住まいは、
人を直接変えるものではありません。
けれど、住まいのつくり方によって、
人が自然に動きやすくなったり、
顔を合わせやすくなったり、
片付けやすくなったり、
落ち着きやすくなったり
することはあります。
私は、その「自然にそうなる状態」を
設計で生み出すべきだと考えています。
光は、暮らしの気分をつくる。
朝、カーテンを開けたときに
入ってくる光。
ダイニングに落ちるやわらかな日差し。
夕方、壁に映る影。
夜、照明に照らされる木の質感。
光は、空間を明るくするためだけの
ものではありません。
人の気分を整え、
時間の流れを感じさせ、
住まいに表情を与えるものです。
同じリビングでも、
ただ明るいだけの部屋と、
朝・昼・夕方で
光の入り方が変わる部屋では、
過ごす感覚が違います。
奈良の住まいでは、
周囲の山並み、田園、古い町並み、
隣家との距離、敷地の向きなど、
光の入り方に地域ごとの
個性があります。
だから私は、
窓を「大きく取ればよい」とは
考えません。
大切なのは、どこから、どの時間に、
どんな光を入れるかです。
窓は採光のためだけではありません。
眺望、風、外との距離感、
安心感にも関わります。
住宅の窓や眺望に関する研究でも、
採光や窓外の環境は、
居住者の主観的な幸福感や
癒しといった
心理的な価値と関係する視点として
扱われています。
つまり、
窓は単なる建材ではなく、
暮らしと外の世界をつなぐ
装置だということです。
〇関連blog
奈良で注文住宅を建てる方へ|「北側の窓は暗い」は本当なのか?建築家が設計であえて北側に窓を設ける理由
https://www.y-kenchiku.jp/blog_detail907.html
朝日を入れる窓。
視線を抜く窓。
庭を切り取る窓。
空だけを見せる窓。
外からの視線を遮りながら、
内側には開放感をもたらす窓。
その一つひとつが、
暮らしの質を変えていきます。
動線は、家族の会話をつくる。
動線という言葉は、
家づくりでよく使われます。
〇関連blog
なぜその間取りなのか?後悔しない家づくりのために考えたい暮らし・動線・家族の未来設計|家族の価値観から考える住まいのつくり方
https://www.y-kenchiku.jp/blog_detail883.html
家事動線。
帰宅動線。
回遊動線。
洗濯動線。
生活動線。
もちろん、効率は大切です。
しかし、動線の本当の価値は、
単に移動距離を
短くすることだけではありません。
私は動線には「家族がどう出会うか」を
設計する力があると考えています。
例えば、
子どもが学校から帰ってきたとき。
玄関からそのまま
自室へ行ける家もあります。
一度リビングの近くを通る家もあります。
どちらが正解ということ
ではありません。
ただ、その家族にとって、
どの距離感が
自然なのかを考える必要があります。
毎日、
無理に会話をしなくてもいい。
けれど、顔が見える。
気配が分かる。
おかえりと言いやすい。
その小さな接点が、
家族の関係を
少しずつ支えることがあります。
家族関係と住宅の間取りに関する
研究でも、
親子が自然に顔を合わせ、
交流が深まりやすい間取りの
重要性が検討されています。
家族の会話は、
「話しなさい」と言って
増えるものではありません。
会話が生まれやすい場所。
目が合いやすい距離。
一緒にいても窮屈ではない空間。
そうした環境があることで、
会話は自然に生まれやすくなります。
だから動線は、
単なる効率のためではなく、
人と人との関係を
整えるためにも大切なのです。
収納は、心の余白をつくる。
収納というと、
多くの人は「どれだけ入るか」を
考えます。
もちろん、収納量は大切です。
けれど、私は収納を
「物をしまう場所」としてだけ
考えていません。
収納は、暮らしを整える仕組みです。
朝、鍵が見つからない。
書類がどこにあるか分からない。
洗濯物がリビングに積まれている。
子どもの学校用品が
玄関に散らかっている。
こうした小さなストレスは、
一つひとつは
大きな問題ではないかもしれません。
しかし、毎日積み重なると、
心の余裕を奪っていきます。
逆に、
物の居場所が決まっている家では、
探し物が減ります。
片付けが楽になります。
家族が自分で戻せるようになります。
それだけで、
朝の空気が変わることがあります。
夫婦の会話が
少し穏やかになることもあります。
子どもが自分で
準備をするきっかけに
なることもあります。
建築分野でも、
収納は単なる面積の問題ではなく、
ライフスタイルや
住みこなしと関係する
テーマとして研究されています。
収納計画で大切なのは、
「沢山つくること」ではありません。
必要な場所に、必要な量を、
必要な形で整えることです。
玄関には、外で使う物。
キッチンには、日々使う物。
リビングには、家族共有の物。
洗面やランドリーには、
洗う・干す・しまう流れに沿った物。
その一つひとつが整うことで、
家は暮らしやすくなります。
片付く家とは、
美しく見せるための
家ではありません。
家族の心に余白をつくる家です。
距離感は、人間関係を整える。
家族だからといって、
いつも近ければよいわけではありません。
夫婦にも距離が必要です。
親子にも距離が必要です。
二世帯住宅では、
なおさら距離の設計が重要になります。
近すぎると、
疲れることがあります。
遠すぎると、
寂しくなることがあります。
住まいの設計で難しいのは、
この「ちょうどよい距離」を
見つけることです。
例えば、
リビングに家族全員が
集まれる場所をつくる。
一方で、
ひとりで過ごせる
小さな居場所も用意する。
親世帯と子世帯が
気軽に行き来できる一方で、
生活音や視線が
干渉しすぎないようにする。
来客時には生活感を隠せるようにする。
在宅ワーク中は、
家族の気配を感じながらも
集中できる場所をつくる。
こうした設計は、
単なる間取りの工夫ではありません。
人間関係の余白をつくる設計です。
私は、家族が仲良く暮らすためには、
共有する場所と離れられる場所、
その両方が必要だと考えています。
人は、安心して
一人になれる場所があるからこそ、
また誰かと穏やかに
向き合えるのだと考えています。
素材は、五感に働きかける。
住まいの心地よさは、
目で見るデザインだけでは決まりません。
足裏に触れる床の感触。
手で触れたときの木の温度。
室内に漂う香り。
音の響き方。
光を受けた壁の陰影。
こうした五感の積み重ねが、
暮らしの印象をつくります。
特に木は、視覚だけでなく、
手触りや香りを通じて
人にやさしく作用する素材です。
林野庁の資料でも、
木質内装の空間では
ストレス指標の上昇が抑えられた
研究事例が紹介されており、
木の香りや質感が
リラックス感に関係する可能性が
示されています。
もちろん、
木を使えば必ず心地よい家に
なるわけではありません。
大切なのは素材の使い方です。
木を使いすぎると
重たく感じることもあります。
白くしすぎると
落ち着かないこともあります。
石やタイル、和紙、塗り壁、
格子、障子、金属。
それぞれの素材には、
表情や質感があります。
どこに、どの素材を、
どのくらい使うのか?
それによって、
空間の品性や落ち着きは
変わります。
やまぐち建築設計室が
大切にしている和モダンや
ホテルライクな空間も、
単なる見た目のデザイン
という意味ではありません。
心が静まる素材。
生活感を整える収納。
光と陰影を受け止める壁。
人の動きを美しく見せる余白。
そうした要素が重なって、
日常の質を高めていくのです。
庭や外部空間は、
暮らしに呼吸を与える。
庭は、
広ければよいわけではありません。
小さな坪庭でも、
窓の先に緑が見えるだけで、
空間の感じ方は大きく変わります。
忙しい朝に、ふと庭の木を見る。
雨の日に、
濡れた石や葉を眺める。
夜、照明に照らされた植栽を見る。
そうした何気ない時間が、
暮らしに呼吸を与えてくれます。
奈良には、
古くから自然や歴史とともに
暮らしてきた土地の記憶があります。
山、田園、社寺、古い町並み、路地、庭。
そうした地域の空気を
住まいにどう取り込むか。
これも、
奈良で家を建てる意味の一つだと思います。
外部空間は、
単なる庭ではありません。
暮らしに季節を届ける場所です。
家族の会話のきっかけになる場所です。
日常を少し豊かに感じさせる、
風景になる場です。
暮らしを設計するとは、
人生の小さな場面を丁寧に拾うこと。
家づくりでは、
大きな判断が続きます。
土地。
予算。
構造。
性能。
間取り。
外観。
設備。
どれも重要です。
しかし、本当に暮らしを支えるのは、
もっと小さな場面です。
朝、どこで身支度をするのか。
帰宅した鞄をどこに置くのか。
子どもの作品をどこに飾るのか。
夫婦でコーヒーを飲む場所はどこか。
雨の日の洗濯物はどうするのか。
親が泊まりに来たとき、
どこで休んでもらうのか。
来客時に、
生活感をどう整えるのか。
十年後に物が増えたとき、
どう受け止めるのか。
こうした小さな問いに、
暮らしの本質があります。
設計とは、
その問いを一つずつ
丁寧に拾い上げ、
空間として整えていく仕事です。
だから私は、
家を設計しているというより、
そのご家族の時間を
設計している感覚があります。
家族の会話。
一人の時間。
夫婦の距離。
子どもの記憶。
親との関係。
仕事と暮らしの境界。
そうした目に見えないものを、
光や動線、収納、素材、
庭という形に変えていく。
それが、
私の考える「暮らしを設計する」
ということです。
建築学と環境心理学が教えてくれること
住まいは、
人の心と行動に寄り添っている。
建築とは、不思議な仕事です。
完成した瞬間に
役目が終わるものではありません。
むしろ、本当の役割は、
その日から何十年も続く
暮らしの中で少しずつ現れてきます。
私は設計を続ける中で、
住まいには人の行動や気持ちに
働きかける力があると感じてきました。
朝、自然とカーテンを開けたくなる窓。
家族がいつの間にか集まるダイニング。
帰宅すると肩の力が抜ける玄関。
庭を眺めながら深呼吸したくなるリビング。
それらは偶然ではありません。
設計には、「こう過ごしてほしい」という
建築家の意図が込められています。
そして近年、
そのような考え方は
建築学や住環境研究でも
数多く取り上げられるようになっています。
「住まい」は健康だけではなく、
幸福感にも関わる。
これまで住宅性能というと、
断熱性や耐震性、
耐久性が中
心に語られてきました。
〇関連blog
奈良でリフォーム・建て替えを検討中の方へ|住宅省エネ補助金を活かす前に知っておきたい、建築家が考える本当に心地よい暮らしと住まいづくり
https://www.y-kenchiku.jp/blog_detail910.html
もちろん、
それらは命と暮らしを守るための
大切な土台です。
しかし近年は、
その先にある「住まいと幸福感」の
関係についても研究が進んでいます。
住環境に関する研究では、
室内の温熱環境や光、音、
安全性、安心感などが、
住まいへの満足感や日々の生活の質と
関係していることが
報告されています。
つまり、
住まいは雨風をしのぐ器ではなく、
人が心地よく生きるための
環境でもあるのです。
私はこの考え方に、
とても共感しています。
なぜなら、
設計相談でお客様から伺う言葉は、
「断熱性能が良かったから幸せです。」
ではなく、
家族が自然とリビングに
集まるようになりました。
休日に家で過ごす時間が
好きになりました。
家事が楽になって、
子どもと過ごす時間が増えました。
というものだからです。
性能は暮らしを支える基盤です。
そして、その基盤の上で、
どんな時間が流れるのか?
そこまで考えてこそ、
本当の住まいづくりになると
私は考えています。
人は「見えているもの」だけで
暮らしているわけではありません。
住まいの印象を決めるのは、
家具やインテリアだけではありません。
光。
風。
音。
香り。
素材の手触り。
窓から見える景色。
季節の移ろい。
こうした五感の積み重ねが、
無意識のうちに
私たちの気持ちへ働きかけています。
例えば、
朝日を浴びると
体内時計が整いやすくなります。
窓の外に木々の緑が見えると、
気持ちが落ち着くと
感じる人も少なくありません。
木に触れたときのぬくもりや、
静かな空間に身を置いたときの
安心感は、
数字では表せない価値です。
私は、
こうした目に見えにくい心地よさを、
とても大切にしています。
家族の関係は「ちょうどいい距離」で育まれる。
家族が仲良く暮らすためには、
いつも一緒にいることが
正解ではありません。
反対に、
それぞれが閉じこもってしまう
住まいも、少し寂しく感じます。
大切なのは、
「必要なときに自然とつながれる距離」です。
子どもが勉強していても、
お母さんの気配を感じられる。
料理をしている人と、
食卓にいる人が自然に会話できる。
在宅ワーク中でも、
家族の存在を感じながら集中できる。
ひとりになりたいときは、
静かな居場所がある。
この「近すぎず、遠すぎない距離」は、
図面の数字だけではつくれません。
家族の性格や生活リズムを
理解したうえで
設計する必要があります。
だから私は、
設計の前に、
ご家族の暮らし方を
丁寧にお聞きします。
建築家の仕事は、
壁を配置することではありません。
人と人との距離を
整えることでもあると考えています。
住まいは、子どもの記憶になる。
大人になると、
不思議なほど実家の風景を覚えています。
玄関を開けたときの匂い。
夕方の西日が差し込む廊下。
庭で遊んだ夏の日。
冬の朝、ストーブの前に集まった時間。
家族で囲んだ食卓。
思い出の中心には、
建物そのものではなく、
「そこで過ごした時間」の
存在があります。
だから私は、
住まいを「記憶を育てる場所」だと
思っています。
子どもにとって家とは、
人生で最初の世界です。
安心する場所とはどんな空間なのか。
人と暮らすとはどういうことなのか。
四季とはどんなものなのか。
そうした感覚を、
毎日の暮らしの中で
少しずつ学んでいきます。
親子の関係も、家族の関係も・・・・・。
設計は、その記憶の舞台を
整える仕事でもあります。
建築家にしかできないこと。
住宅会社にも、工務店にも、
それぞれ素晴らしい強みがあります。
私は、それらを
否定するつもりはまったくありません。
ただ、
建築家には一つの役割があります。
それは、「建物」ではなく、
「暮らし全体」を編集することです。
土地の条件。
光の入り方。
風の流れ。
家族構成。
将来の変化。
趣味。
仕事。
地域の風景。
季節。
素材。
音。
香り。
これらを一つひとつ丁寧につなぎ合わせ、
そのご家族だけの暮らしを形にしていく。
間取りの打ち合わせではなくて
二次的なデザインと三次元的効果と
感覚と感度が生み出す
意識レベルでの心地よさの意味。
それが、建築家が設計する
暮らしの意味だと考えています。
だから私は、
「流行の家」を設計することは
していません。
十年後も、
二十年後も、
「この家でよかった」と思える
住まいを設計の工夫を施しています。
住まいの価値は、
完成した日の写真では決まりません。
家族が重ねてきた時間の中で、
少しずつ育っていくものです。
その時間に寄り添える建築でありたい。
それが、やまぐち建築設計室が
目指している住まいづくりです。
時間を設計するということ
家は、家族の
人生を包み込む「時間の器」である。
家づくりを考えるとき、
多くの人は「空間」を見ています。
リビングの広さ。
収納の量。
キッチンの形。
寝室の位置。
窓の大きさ。
もちろん、
それらは大切です。
しかし、私はもう一つ、
必ず考えてほしいことがあります。
それは、時間です。
家とは、
空間であると同時に、
時間を受け止める器です。
朝の十五分。
夕食後の三十分。
休日の午後。
子どもと暮らす事の出来る時間。
夫婦二人に戻るこれからの年月。
親と過ごせる残りの時間。
住まいは、そのすべてを
包み込んでいます。
だから家づくりは、
単に「どんな空間をつくるか」
ではありません。
これから先の人生の時間を、
どのように過ごしたいかを
考えることなのです。
子どもと暮らせる時間は、
思っているより短い。
私の実体験も含めて・・・・・。
家づくりの相談では、
子ども部屋の広さや収納、
勉強スペースについて
話すことがあります。
それらはもちろん大切です。
けれど、私はその奥にある時
間のことを考えます。
子どもが小さな手で
玄関の扉を開ける時期。
ランドセルを
リビングに置いてしまう時期。
食卓で学校の話をしてくれる時期。
思春期になり、
自分の部屋にいる時間が増える時期。
やがて進学や就職で家を離れる日。
子どもと毎日
一緒に暮らせる時間は、
永遠ではありません。
だからこそ、
住まいには
自然に顔を合わせる場面が
必要だと思います。
無理に会話をさせるのではなく、
気配が分かること。
環境が気持ちを整えるという事。
想いを変化させるとういう事。
声を掛けやすいこと。
同じ空間にいながら、
それぞれの時間を過ごせること。
その小さな積み重ねが、
家族の記憶になります。
夫婦の時間も、
家によって変わる。
家づくりでは、
子どものことを優先して
考えるご家庭が多くあります。
それは自然なことです。
しかし、住まいは
子どものためだけのものでは
ありません。
夫婦の人生を支える
場所でもあります。
共働きのご夫婦であれば、
平日にゆっくり話せる時間は
限られています。
朝の数分。
夜の食卓。
休日の朝。
その短い時間を、
慌ただしく過ごすのか。
少しでも穏やかに過ごせるのか。
そこに住まいの設計は
関係します。
キッチンとダイニングの距離。
家事を分担しやすい動線。
生活感を整えられる収納。
帰宅後に気持ちを
切り替えられる玄関。
ひとりで落ち着ける場所。
こうした設計は、
単に便利な家を
つくるためではありません。
夫婦が少しでも
余裕を持って向き合える
時間をつくるためです。
家事の負担が減れば、
言葉がやさしくなることがあります。
探し物が減れば、
朝の空気が
穏やかになることがあります。
生活感が整えば、
人を招く気持ちの余裕が
生まれることがあります。
暮らしの小さなストレスを
減らすことは、
家族関係を支えることでもあるのです。
親との時間をどう受け止めるか。
家は、子育てのためだけに
あるわけではありません。
親との関係を考える場所でもあります。
二世帯住宅。
近居。
将来の介護。
実家の建て替え。
リフォーム。
こうした相談の背景には、
必ず家族の時間があります。
親と近くに暮らす安心。
けれど、
近すぎることで生まれる気遣い。
助け合える距離。
干渉しすぎない距離。
この距離感は、とても繊細です。
間取りで家族関係の
すべてが
解決するわけではありません。
しかし、間取りによって、
無理のない関係を
支えることはできます。
玄関を共有するのか。
水回りを分けるのか。
食事の時間を共有するのか。
音や視線をどう調整するのか。
それぞれの世帯が、
自分たちらしく過ごせる場所を
持てるのか。
二世帯住宅において大切なのは、
近くにいることではありません。
近くにいても、
お互いを尊重できることです。
そのために、
建築はできることがあります。
豊かな暮らしとは、
特別な日ではなく、
普通の日が整うこと。
多くの人が、
家づくりに夢を描きます。
美しいリビング。
広いキッチン。
庭のある暮らし。
ホテルのような寝室。
それは素敵なことです。
けれど、私は本当の豊かさは、
特別な日にだけ
現れるものではないと思っています。
むしろ、
普通の日にこそ現れます。
朝、慌てずに支度ができること。
洗濯が無理なく片付くこと。
家族が自然に食卓へ集まること。
帰宅したとき、ほっとできること。
休日に、
外へ出かけなくても満たされること。
夜、安心して眠れること。
このような日常が整っている家は、
派手ではありません。
けれど、暮らす人の
心を優しく、柔らかく、
深く支えてくれます。
豊かな暮らしとは、
贅沢な設備を
並べることではありません。
日々の時間が、
少しずつ穏やかになることだと
思います。
家は人生の変化を受け止める場所である。
人生は変わります。
家族構成も変わります。
働き方も変わります。
健康状態も変わります。
価値観も変わっていきます。
だから住まいは、
今だけに最適化しすぎてはいけません。
今の暮らしに寄り添いながら、
未来の変化も
受け止められる余白が必要です。
子ども部屋はいずれ
別の使い方になるかもしれません。
広い収納は、
趣味や仕事の道具を支える場所に
なるかもしれません。
一階の小さな部屋は、
将来の寝室になるかもしれません。
庭は、子どもの遊び場から、
夫婦で眺める場所へ
変わるかもしれません。
設計とは、
未来を決めつけることではありません。
未来が変わっても、
暮らしが続いていけるように
準備することです。
だから、間取りの前に人生を聞く。
私は、家づくりの最初に
図面を描き急ぎません。
なぜなら、
図面の前に
聞くべきことがあるからです。
繰り返しになりますが
どんな朝を迎えたいのか。
どんな夜を過ごしたいのか。
子どもにどんな記憶を残したいのか。
夫婦でどんな時間を育てたいのか。
親とどんな距離で関わりたいのか。
十年後、二十年後、
どんな暮らしをしていたいのか。
それをディスカッションせずに
描いた間取りは、
ただ部屋を並べただけの
図面になってしまいます。
私が設計するべきだと
考えているのは、
部屋の配置ではありません。
そのご家族らしい時間の流れ。
家は、人生を
劇的に変えるものでは
ないかもしれません。
けれど、
毎日の時間を
少しずつ整えることはできます。
その積み重ねが、
やがて家族の記憶になり、
人生の豊かさになっていく。
だから私は、
家を設計する前に、
暮らしを設計するべきだと
考えています。
そして、
暮らしを設計するということは、
人生の時間を
丁寧に見つめることだと考えています。
本当に豊かな人は「家」を
大きくするのではなく
「人生」を豊かにしている。
上質な暮らしとは、贅沢ではなく、
時間と心に余白があること。
「豊かな暮らし」と聞くと、
どのような住まいを
思い浮かべるでしょうか?
広いリビングでしょうか。
大きな吹き抜けでしょうか。
高級なキッチンでしょうか。
ホテルのような寝室でしょうか。
もちろん、それらも魅力の一つです。
しかし、私は
二十年以上設計を続ける中で、
本当に豊かな暮らしをされている方ほど、
別の価値を
大切にされていることに気付きました。
それは「時間の質」です。
豊かさは「何を持っているか」ではなく、
「どう過ごしているか」で決まる。
家づくりでは「広い家がほしい」
「設備を充実させたい」という
ご要望をいただくことがあります。
もちろん、それも大切です。
しかし、住まいの価値は、
面積や設備だけでは決まりません。
例えば、休日の朝。
お気に入りの椅子に座り、
庭を眺めながらコーヒーを飲む時間。
夕暮れ時に、家族と食卓を囲む時間。
夜、照明を落とし、
静かな音楽を流しながら本を読む時間。
薪ストーブの炎の揺らめきと
音を聞きながら
人間の本能と過ごす時間・・・・・。
それらは、
床面積が広いから
生まれるものではありません。
その時間を過ごしたくなる空間
があるから
生まれるものです。
豊かな暮らしとは、
物が増えることではなく、
この家で過ごす時間が好きだ。
そう思える時間が
増えることではないでしょうか?
成功している人ほど「時間」を買っている。
私は、経営者や医師、
忙しく働く
共働きのご夫婦の住まいづくりを
お手伝いする中で、
一つ共通点を感じています。
それは、
時間をとても
大切にされているということです。
単なる時短という意味ではなくて
豊かな時間を生み出す
時間の持つ意味を・・・・・。
毎朝、探し物をしなくて済むこと。
洗濯や片付けが短時間で終わること。
帰宅後に気持ちを切り替えられること。
在宅ワークに
集中できる場所があること。
来客があっても慌てない収納計画。
こうしたことは、
一つひとつは小さな工夫です。
しかし、一年間、
十年間という時間で考えると、
大きな差になります。
時間は、
お金で増やすことはできません。
けれど、
住まいの設計によって、
「無駄な時間」を減らし、
「大切な時間」を増やすことはできます。
〇関連blog
「ありがとう」とい言葉が自然に届く家は、なぜか空気が美しい。|家族関係・間取り・心理学から考える“心が荒れにくい和モダン住宅”という設計思想
https://www.y-kenchiku.jp/blog_detail841.html
だから私は、
動線や収納を「便利だから」
という理由だけでは提案しません。
人生の時間を豊かにするために
ご提案しています。
ホテルライクとは「豪華」である
ことではない。
最近「ホテルライク」という言葉を
よく使いますし聞きます。
私は、この考え方が好きです。
ただし、少しだけ
誤解されていることがあります。
ホテルライクとは、
大理石を使うことでも、
高級家具を並べることでもありません。
本質は心が整うことです。
ホテルで心地よいと感じる理由は、
豪華だからではありません。
余計な物が視界に入らないこと。
照明が落ち着いていること。
素材がやさしく手に触れること。
静かな空気が流れていること。
生活感が上手に整えられていること。
そうした「環境」が、
人の気持ちを整えているのです。
住まいも同じです。
帰宅した瞬間、「ほっとする」。
朝、気持ちよく目覚める。
休日に、どこかへ
出かけなくても満たされる。
私は、それこそが
ホテルライクな暮らしだと
思っています。
和モダンとは、
日本人の感性を未来へつなぐこと。
やまぐち建築設計室では、
和モダンという言葉を
大切にしています。
しかし、
それは和風住宅をつくるという
意味ではありません。
日本には、
昔から「余白」を大切にする
文化があります。
障子を通して入るやわらかな光。
深い軒がつくる陰影。
季節を映す庭。
木や土、和紙など自然素材の質感。
視線をやさしく遮る格子。
これらは、どれも派手ではありません。
けれど、長く暮らすほど、
その心地よさを感じられる要素です。
私は、この日本人の感性を
現代の暮らしへつなげたいと
思っています。
和モダンとは、
過去を懐かしむ
デザインではありません。
心が静まる時間を設計すること。
本当に価値のある住まいは、
何十年後も古びない。
流行は変わります。
インテリアも変わります。
設備も進化します。
しかし、
人が心地よいと感じる本質は、
大きく変わりません。
自然光が差し込むこと。
風が抜けること。
木の温もりを感じること。
家族と穏やかに食事ができること。
安心して眠れること。
四季を感じられること。
これらは、十年後も、
二十年後も、
きっと変わらない価値です。
だから私は、
流行を追いかける家ではなく、
時間が経つほど好きになる家を
設計すること大切に考えています。
上質とは、
誰かに見せるためではなく、
自分たちのためにある。
住まいは、
見せるためのものではありません。
SNSに投稿するためでもありません。
誰かに自慢するためでもありません。
一日の終わりに帰る場所です。
家族が笑い、泣き、悩み、成長し、
支え合う場所です。
だから私は、
見た目だけを整えた家よりも、
「ここに帰ってくると安心する。」
そう思える住まいを設計したい。
上質とは、
高価であることではありません。
本当に大切なものを知り、
それを丁寧に育てていくことです。
その積み重ねが、
人生を豊かにし、
住まいを資産へ変えていくのだと
私は考えています。
家は人生で最も長い時間を過ごす場所。
人生には、
たくさんの選択があります。
仕事。
結婚。
子育て。
趣味。
旅行。
その中で、住まいだけは、
必ず帰ってくる場所です。
だから私は、住まいを
人生で最も長い時間を過ごす場所と
考えています。
一日にすれば、
数時間かもしれません。
しかし、それを何十年と積み重ねると、
人生の大きな時間になります。
その時間を、慌ただしく過ごすのか。
穏やかに過ごすのか。
それは、住まいの設計と
も無関係ではありません。
だから私は、
家を設計する前に、
そのご家族の人生を思い描きます。
図面を描くためではありません。
人生の時間を、
少しでも豊かにするためです。
それが、私が考える建築であり、
やまぐち建築設計室が大切にしている
住まいづくりなのです。
私が「暮らし」を設計するようになった理由
設計者である前に、
私は一人の住まい手です。
私は二十代の頃、
自分たち家族が暮らす
二世帯住宅を設計しました。
建築家として設計する住まいが、
自分自身の家だったのです。
その経験は、
今振り返っても、
私の建築人生を大きく変えた
出来事でした。
それまで私は
「設計する側」の視点を持つ人間でした。
図面を描き、法規を確認し、
構造や納まりを考え、
建築を出現させることが仕事でした。
しかし、
自分自身が住まい手になる
設計を行う瞬間、
その視点は大きく変わりました。
図面の一本の線が、
家族の日常につながっている。
収納一つが、
毎朝の時間を変える。
廊下一つが、
親との距離感を変える。
窓一つが、
一日の気持ちを変える。
建築は、
美しく完成した瞬間に
終わるものではありません。
その家で暮らす家族の人生が
始まることを、
自分自身の家だからこそ、
痛いほど実感しました。
家族の時間がその家によって
変わるということ、
家族それぞれの
考え方があるということ。
図面だけでは
見えないものがありました。
家を設計するとき、
建築家は多くのことを考えます。
耐震。
断熱。
採光。
通風。
収納。
動線。
構造。
法規。
もちろん、
どれも欠かすことはできません。
しかし、
自分の家を設計して
初めて気付いたことがあります。
建築の知識だけでは、
家は設計できない。
本当に必要だったのは、
暮らしを知ることでした。
朝、家族はどこで顔を合わせるのか。
母はどこに立ち、
どのように料理をするのか。
父はどこで新聞を読むのか。
休日はどのように過ごしているのか。
家事とは何なのか。
掃除をどのように行うのか?
家族は、どのくらいの
距離でいると心地よいのか。
親にも、
一人になりたい時間があります。
子どもにも、
自分だけの居場所が
必要になります。
家族だから、
いつも一緒が
良いわけではありません。
近すぎることで
疲れることもあります。
遠すぎることで
寂しくなることもあります。
〇関連blog
なぜか人生が整っていく人の住まい。|家の空気が、人の心を変えていく ― 環境心理学から考える、運の流れを整える和モダン住宅と暮らしの環境設計
https://www.y-kenchiku.jp/blog_detail833.html
その「ちょうどよい距離」は、
建築基準法にも、都市計画法にも
書かれていません。
住宅雑誌にも載っていません。
暮らしの中でしか
学べないことでした。
それぞれの家庭環境と生活文化。
私が設計したかったのは、
「建物」ではありませんでした。
その家を設計していた頃、
私は何度も図面を書き直しました。
本当にこの動線で良いのだろうか。
十年後も使いやすいだろうか。
親が年齢を重ねたとき、
この段差は負担にならないだろうか。
家族が増えたり減ったりしたとき、
この家は受け止められるだろうか。
図面を描くたびに、
自分へ問い続けました。
勿論、私自身も結婚していない時代。
家事や夫婦関係もなく
実務で必要になる教科書と
設計セオリーによる考え方しか
出来ない時代です。
車の運転免許と運転経験がなければ
車庫入れが出来ない。
車庫入れのコツや死角の意味が
理解できない事、
実際に家で自炊(調理)をしていないと
キッチンの動線や仕組みの振り分けを
具体的な設計に落とし込めない
ということ・・・・・・。
子育てを経験しなければ
子育てを本当の意味で理解できない。
そのとき気付いたのです。
私が設計しているのは、
部屋ではない。
家族の時間なのだという事に。
朝の「おはよう」。
夕方の「おかえり」。
食卓を囲む時間。
何気ない会話。
笑い声。
沈黙。
季節の移ろい。
子どもの成長。
親の老い。
その一つひとつが、
この家の中で積み重なっていく。
建築とは、
その時間を受け止める
器をつくる仕事なのだと、
初めて実感しました。
住まいは、
人生の教科書でもあります。
子どもは、
家の中で多くのことを学びます。
人との距離感。
思いやり。
季節の変化。
物を大切にすること。
片付けること。
食卓を囲むこと。
静かに過ごすこと。
自然を眺めること。
家は、学校よりも
長い時間を過ごす場所です。
だから私は、
住まいを人生最初の
学びの場だと思っています。
建築は、
人を教育するものではありません。
しかし、
人が育つ環境を
整えることはできます。
それが設計の役割だと考えています。
暮らしの知恵は、
図面には描けません。
私は、
お客様へ間取りを提案するとき、
「この収納は何リットル入ります。」
という説明はあまりしません。
かわりに、
ここへ鞄を置くと、朝が少し楽になります。
ここへコートを掛けると、
リビングが散らかりにくくなります。
この窓から朝日が入るので、
一日の始まりが気持ちよくなります。
そんな話をします。
それは、建築の知識ではありません。
暮らしの知恵です。
この知恵は、
建築計画論、各論や
教科書では学べません。
現場で学びました。
お客様から教えていただきました。
様々な暮らしの文化から
意識することができるようになりました。
生活の文化の違い、
そして自分自身が住まい手になって
人生経験として学びました。
だから私は、
設計とは知識を並べる仕事ではなく、
暮らしの知恵を
未来へつないでいく仕事だと
思っています。
私が今も図面を描く理由。
住宅は、一生に一度と言われる
大きな買い物です。
だから、
多くの人は「失敗したくない」と思います。
その気持ちは、
とてもよく分かります。
私自身も、
自分の家を設計するとき、
何度も迷いました。
だからこそ、
私はお客様へ
正解を押し付けることはしません。
一緒に考えます。
一緒に悩みます。
一緒に未来を想像します。
建築家の役割は、
答えを教えることではありません。
そのご家族だけの最適解を、
価値観の共有が出来る状態で
一緒に見つけることだと思っています。
私は設計者です。
けれど、それ以上に、
一人の住まい手です。
家族と暮らし、悩み、迷い、
時間を重ねてきた一人です。
だから私は、
図面だけを見ません。
その図面の向こうにある
暮らしを見ています。
その暮らしの向こうにある
人生を見ています。
そして、その人生が十年後も、
二十年後も、
「この家で良かった」と思えるように。
今日も、
一枚の図面と向き合っています。
未来の住まい手の皆さまへ
建築家として、一人の住まい手として、
お伝えしたいこと。
ここまで、
この長い文章を読んでくださり、
本当にありがとうございます。
この文章には、
間取りのテクニックや、
流行のデザインを紹介することよりも、
大切にしたかったことがあります。
それは、
「家づくりとは、人生づくりである。」
ということです。
私は建築家です。
図面を描き、建物を設計することが仕事です。
しかし、それ以上に、
私は一人の住まい手でもあります。
二十代の頃、
自分たち家族が暮らす二世帯住宅を設計し、
図面の一本一本の線が
家族の暮らしに
どれほど大きな影響を与えるのかを、
自分自身の生活の中で学びました。
建築の知識だけでは、
豊かな住まいは生まれません。
本当に必要だったのは、
暮らしを知ることでした。
家族を知ることでした。
時間を知ることでした。
人は、一日の大半を
住まいで過ごします。
だから住まいは、
単なる器ではありません。
嬉しい日も、悲しい日も。
子どもが生まれる日も。
巣立っていく日も。
親を迎える日も。
夫婦二人の暮らしに戻る日も。
そのすべてを受け止める場所です。
だから私は、
家を設計するとき、
図面だけを見ません。
その図面の向こうにある
暮らしを思い浮かべます。
朝、どんな光が差し込むのか。
食卓では、どんな会話が生まれるのか。
帰宅したとき、ほっとできるだろうか。
十年後、二十年後も、
この家を好きでいていただけるだろうか。
そんなことを考えながら、
一枚一枚のプランや図面を
描いています。
私は、豪華な家を
つくろうとしている訳ではありません。
流行を追いかける家を
つくりたいわけでもありません。
私が設計するべきと考えているのは、
時間が経つほど愛着が深まり、
人生に寄り添い続ける住まい。
住まいは、
完成した日に
価値が決まるものではありません。
一年後。
五年後。
十年後。
二十年後。
そこで積み重ねられた笑顔や会話、
季節の記憶、家族の歴史によって、
その価値は少しずつ育っていきます。
もし、
これから家づくりを考えられるなら、
一つだけお願いがあります。
間取りを考える前に、
ご家族で話をしてみてください。
「どんな家に住みたい?」
ではなく、
「どんな人生を送りたい?」
という問いについて。
その最適解が見つかったとき、
家づくりは、
単なる建築計画ではなく、
ご家族の未来を育てる時間になります。
私は、その未来を
一緒に考える建築家でありたいと
思っています。
図面を描く前に、
暮らしをお聞きします。
暮らしをお聞きする前に、
人生をお聞きします。
それは、
家を建てることが目的ではなく、
その家で何十年も続いていく時間を
大切にしたいからです。
住まいは、
人生で最も長い時間を過ごす場所です。
だから私は、今日も建物ではなく、
その場所で紡がれていく
暮らしを設計しています。
そして、
いつの日か完成した住まいで、
ご家族がふと笑顔になり、
「この家で良かった。」
そう思っていただけることが、
建築家として何よりの喜びです。
その日のために、
私はこれからも、
一つひとつの住まいと暮らし
そしてなにより
住まい手さんの人生に
誠実に向き合いたいと考えています。
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■やまぐち建築設計室■
奈良県橿原市縄手町387-4(1階)
建築家 山口哲央
https://www.y-kenchiku.jp/
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