渡辺篤史の建もの探訪ー坂の上のピロティ式住宅(岸本和彦・acaa)

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感想: 

 会社員のご主人と、ギャラリー経営や料理教室を主催されている活動的な奥様。おしゃれなこのご家族のお家はとってもおしゃれ。もちろん、建もののデザインもおしゃれなのだけれど、何よりこのご夫婦の働き方、暮らし方がおしゃれなのだ。
 
 
 まず、この家は「住む」だけでなくご夫婦の仕事場、活動の場でもあるということがとても魅力的だ。金融関係のお仕事をされているというご主人が接客にも利用する1部屋のオフィス、奥様が営むギャラリー空間がひとつ、住居スペースに寄り添っている。中庭やピロティーは、ビジネスとしてのお客様、奥様が展開する活動に心軽やかに立ち寄る人々をすんなりと気持ちよく迎え入れることができるように、ちょっとよそいきの趣がある。
 
 中庭には、ギャラリーへの入り口と、住居スペース、オフィスにそれぞれ続く2つの階段。住居スペースと仕事スペースとの間には区切られた緊張感がちゃんとあって、それでいて、中庭や小窓を通して1つの建てものとしてゆるやかなつながりがある。その感じがとても心地よさそうで、きっとこの建てものは、働く自分と暮らす自分をとてもうまく調和させてくれるだろうなと思った。
 
 様々な職業や働き方があるけれど、自分が好きだと思える空間、自分でつくりあげた空間を仕事場にできるということは、本当に幸せなことだと思う。「職場が近すぎると切り替えられない」、そんな考え方もあるけれど、自分の仕事や活動と暮らしを一つの建ものを軸に実現できるということは、すごいことだと思う。しかも、夫婦それぞれのそれをいっぺんに、だ。そういうスタイルを選んだこのご夫婦の働き方、生き方を、私はとても素敵だと思った。
 
 
 そして住居スペースは、私もほしいと思う要素がぎゅぎゅっととてもうまく詰まっていて、とても暮らしやすそうだった。
 
 改まった接客に使ったり和の趣も楽んだりできそうな、掘りごたつのある小部屋。調理台を中心に楽しく集えるリビングダイニング。家族それぞれがちょっとPCを使ったり、ものづくりをしたり、勉強したりするに十分な大きさのテーブルが配されたアトリエスペース(注:このテーブル、食卓と兼用でない、というところがちょっと贅沢で素敵だ)。外の緑を堪能できるシンプルな寝室スペースに、トレーニングルーム(注:このトレーニングスペース、ゆくゆくは子供部屋となる予定とのことだが)。
 
 これらは、必ずしもそれぞれに独立した「部屋」になっているわけではないのに、坂の上の家という立地を利用して高低差をつけて螺旋状に配置されているので、ゆるやかに連続していながら、それぞれの空間としてとても落ち着いていた。柔軟性のある使い方ができそうな自由な空間なのにスタイルのある暮らしの中での使い方がしっかりイメージされていて、ぜーんぶを使いこなせそうな、手のひらにちょうど良い、そんな気持ちよさがあった。
 
 
 親しい友人を招くだけでない、よい緊張感のある関係の人々を迎え入れる場にもなり得る建もの。私は、このご夫婦の働き方、生き方がとても好きだ。このご夫婦のしっかりとしたスタイルがあってでき上がった建ものにちがいないけれど、建ものがこのご夫婦を導いているようにも思える。不思議な素敵な関係が、この家と家主との間にあるように感じた。