I-5209、自宅の庭に車庫を増築したい(大分県)

ユーザー たなか5209 の写真
投稿者: 
現住所‐都道府県: 
大分県
現住所‐郡市区町村: 
 
依頼内容: 

自宅の庭に車庫を増築したい確認申請をしていただける方を探しています。
 
建築家の所在地について:
同じ都道府県・近県の建築家を希望する





I-5208、基礎工事や建築などがしっかりと……(東京都)

ユーザー カズ5208 の写真
投稿者: 
現住所‐都道府県: 
東京都
現住所‐郡市区町村: 
 
依頼内容: 

戸建て住宅を購入しました。
着工は3月頃からスタートし、7月下旬竣工予定です。
基礎工事や建築などがしっかりとされているのか、また施主検査時のチェックも第三者にしていただきたいと思っています。
 
建築家の所在地について:
同じ都道府県・近県の建築家を希望する





I-5207、カーポートの建築確認申請費用について(神奈川県)

ユーザー さくらい の写真
投稿者: 
現住所‐都道府県: 
神奈川県
現住所‐郡市区町村: 
 
依頼内容: 

神奈川県南区の準防火地域に、カーポートを設置したく思いまして、カーポートの建築確認申請費用についてお聞きしたいです。
どんどん上がる外構費用に怖くなっています。
なるべく費用面を抑えたいんですが、建築確認申請は15万くらいでは出来ないのでしょうか?
 
100m2の土地で建ぺい率は60%容積率は150%の地域で
家は54m2です。
 
建築家の所在地について:
建築家の所在地にはこだわらない





ユーザー ナイトウタカシ建築設計事務所 ナイトウタカシ の写真

土地や周辺環境を見ていると、

「ここを少し変えられたらいいのに」
「工夫すれば、もっと良くできそう」

そんな考えが
自然と浮かんでくることがあります。

 

設計という仕事は、
環境に手を加え、
整え、
より良い状態へ導くもの。

そう思われることも
多いかもしれません。

 

でも、ときどき
立ち止まって考えることがあります。

 

「この環境は、
 本当に変える必要があるのだろうか」

 

音、
光、
周囲の建物、
人の動き。

 

それらは、
少し扱いにくく見えても、
長い時間をかけて
その場所に馴染んできた
関係性の結果でもあります。

 

無理に変えようとすると、
一時的には
整ったように見えても、

別のところに
歪みが生まれることがあります。

 

強く遮れば、
閉塞感が残る。

 

大きく開けば、
落ち着きが失われる。

 

環境に対して
「勝とう」とすると、
暮らしは
どこか緊張をはらむものに
なってしまいます。

 

設計の中で、
とても大切にしているのは、

 

環境を
コントロールすることよりも、

どう受け止め、
どう付き合うか。

 

という視点です。

 

たとえば、

音を完全に消すのではなく、
気にならない距離に
遠ざける。

 

光を遮断するのではなく、
和らげて取り込む。

 

環境を変えるのではなく、
関係を整える、
という考え方です。

 

「変えない」という選択は、
消極的に見えるかもしれません。

 

でもそれは、
諦めではなく、

その場所が
すでに持っている力を
信じる、という判断でもあります。

 

すべてを
自分たちの思い通りに
しなくてもいい。

 

環境に
少し委ねる部分を残すことで、
暮らしは
驚くほど楽になることがあります。

 

環境を
変えようとしない。

 

その選択は、
何もしないことではなく、

無理をしない
という、
とても積極的な判断なのだと
感じています。

 

家は、
環境と戦う場所ではなく、

環境と
穏やかに並んで
存在する場所で
あってほしい。

 

そう考えると、
「変えない」という選択も、
十分に
意味のある設計行為のひとつだと
思えるのです。

ユーザー ナイトウタカシ建築設計事務所 ナイトウタカシ の写真

土地や建物に向き合っていると、
ときどき、
言葉にしにくい感覚に出会います。

 

「ここは、
 あまり触れない方がいいかもしれない」

 

理由を聞かれても、
はっきりとは説明できない。

 

でも、
なぜかそう感じてしまう。

 

設計を続けていると、
そういう瞬間が
確かに存在します。

 

たとえば、

無理に視線を開こうとすると、
かえって落ち着きが
失われそうな場所。

 

削れば広くなるけれど、
その代わりに
守られていた気配が
消えてしまいそうな部分。

 

図面の上では
改善に見える操作でも、

現地で感じる空気が
「それ以上は、
 踏み込まないでほしい」
と伝えてくることがあります。

 

土地や空間には、
もともと備わっている
“バランス”のようなものがあります。

 

それは、
長い時間をかけて
周囲との関係の中で
つくられてきたものかもしれません。

 

すべてを
整理し直せば
良くなるとは限らない。

 

むしろ、
そのまま残しておいた方が、
暮らしにとって
優しく働くこともあります。

 

設計の仕事は、
手を加えることだと
思われがちですが、

実際には、

「どこまで触れるか」
以上に、

「どこに手を出さないか」
を見極める時間が
とても長い仕事でもあります。

 

触れない、という判断は、
逃げでも
妥協でもありません。

 

その場所が
すでに持っている意味を
尊重するという
積極的な選択です。

 

暮らしの中でも、

すべてを
コントロールしようとすると、
どこかで
無理が生じます。

 

少し曖昧なまま、
少し余白を残したまま。

 

その方が、
長く心地よく
付き合えることもあります。

 

「ここは触れない方がいい」

 

そう感じる瞬間は、
設計を止める合図ではなく、

その土地や空間と
きちんと向き合えている
サインなのかもしれません。

 

無理に理由を
言葉にしなくてもいい。

 

その感覚を
大切に扱うことが、
結果として
暮らしを守ることに
つながっていくと
感じています。

ユーザー やまぐち建築設計室 山口 哲央 の写真

建築空間が持つ意味は、

体験と感覚から

生まれるものだと考えています。

木質天井と間接照明に包まれた

和モダン×ホテルライクなLDK空間。

中庭と連続する大開口、

石調床と落ち着いた家具配置。

視覚だけでなく、

光の入り方、素材の触感、

空気の静けさまで含めて、

五感で心地よさを感じる

住まいの設計思想を表現しています。

住まいの心地よさは、

体験してはじめて分かるものです。

人は、

冷たい水を口に含んで

はじめて「冷たい」と知ります。

暖かな日差しに身を委ねて、

はじめて意味のある「心地よさ」と理解します。

それが、冷暖自知という考え方です。

どれほど言葉を尽くしても、

どれほど美しい写真や映像を見ても、

本当の意味での理解は、

自分自身の体験を通してしか得られません。

この考え方は、人生だけでなく、

住まいづくりや空間設計にも、

そのまま当てはまると私は考えています。

「分かったつもり」の住まいが増えている時代に

現代は、情報に溢れた時代です。

SNSを開けば、

美しい家、洗練されたインテリア、

完成度の高い空間が次々と流れてきます。

けれど、

そこで得ているのは多くの場合、

「体験」ではなく「イメージ」です。

・明るそう

・広そう

・おしゃれそう

・暮らしやすそう

そう感じて選んだ住まいが、

実際に暮らしてみると、

なぜか落ち着かない。

理由は分からないけれど、疲れる。

それは、

五感や感情を通して設計されていない

可能性があるからです。

建築は「体験」を設計する仕事

やまぐち建築設計室では、

建築を「形をつくる仕事」だとは考えていません。

向き合っているのは、

・そこで過ごす時間の質

・日常の中で生まれる感情

・何気ない瞬間の心の動き

です。

朝の光の入り方。

帰宅したとき、最初に視界に入る景色。

床の温度を足裏でどう感じるか。

風が抜ける音、庭の気配。

夜、照明を落としたときの静けさ。

これらは、

図面や言葉だけでは伝えきれません。

体験があって、はじめて意味を持つもの。

住まいにおける「冷暖自知」だと感じています。

五感が整うと、暮らしも整う

人は、五感を通して世界を受け取っています。

視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚。

これらが穏やかに満たされている空間では、

心も自然と落ち着いていきます。

反対に、

・音が反響しすぎる

・光が強すぎる

・素材が冷たすぎる

・視線が落ち着かない

こうした小さな違和感が積み重なると、

理由の分からないストレスとして現れます。

暮らしやすさは、

設備の多さや数値だけで決まるものではありません。

感覚として「楽である」「安心できる」こと。

それを丁寧に積み重ねていくことが、

建築設計だと考えています。

不便さや揺らぎも、住まいの一部

すべてが便利で、

すべてが自動で、

すべてが均一な空間は、

一見すると快適かもしれません。

しかし、

人生の喜怒哀楽を受け止め、

長く暮らせる空間でしょうか。

少し暗い場所。

少し寒い場所。

少し静かすぎる時間。

そうした余白や揺らぎがあるからこそ、

人は「心地よさ」を強く感じることもあります。

完全に排除するのではなく、

どう受け止め、どう付き合うか。

それもまた、

暮らしを設計するということです。

暮らしは、頭で考えるものではない

住まいの良し悪しは、

流行や数値だけでは決まりません。

・なぜか長く居てしまう

・気づくと家族が集まっている

・何もしていないのに気持ちが整う

そうした感覚は、

住まい手自身の体験としてしか

分からないものです。

だからこそ、

私たちはヒアリングに時間と質をかけ、

暮らし方、価値観、人生の在り方を丁寧に伺います。

設計とは、

正解を提示することではなく、

その人にとっての実感を

デザインする行為だと考えています。

住まいは、

人生の感覚を育てる場。

冷暖自知。

それは、知識ではなく、

体験によってしか分からないということ。

今回の投稿が、

あなたの暮らしを

少し立ち止まって見つめ直す

きっかけになれば幸いです。

‐‐----------------------------------------
■やまぐち建築設計室■
奈良県橿原市縄手町387-4(1階)
  建築家 山口哲央
https://www.y-kenchiku.jp/

住まいの設計、デザインのご相談は
ホームページのお問合わせから
気軽にご連絡ください
------------‐-----------------------------

I-5206、宅地分譲の為の開発行為許可申請(神奈川県)

ユーザー DS の写真
投稿者: 
現住所‐都道府県: 
神奈川県
現住所‐郡市区町村: 
 
依頼内容: 

宅地分譲の為の開発行為許可申請を行って頂く先生を探しています。
場所は****から数百mで、厚木土木東部センターが管轄です。市街化区域内です。
土地面積は1500平米あります。前面道路が建築基準法42条2項道路の為、1,000平米以上の開発は認められません。1,000平米完売後、残り面積の開発行為許可申請と一体での対応が受注条件になります。
確定測量、高低測量は完了しております。
宅内高低はあまり無いので、30cm以上の切土盛り土は無い形で収めます。
但し、隣地の一部が高く、間知ブロックで高さ4m近くあり、張り出しにて境界ライン近くまでバルコニー的構造物を作っています。
隣地への崖条例対応で、全11区画のうち、3区画は1階RC造のガレージハウスのような建物でも建てないと無理かな~、と見ています。開発道路6m幅員でぶつ切りに出来る地型の良い土地です。
まだ役所とは詰めてはいませんが、たぶん公道移管は無理です。元農地のところへの新設道路ですから既存配管等は無く撤去無しの全て新設配管設置です。
ご検討をお願い申し上げます。
 
建築家の所在地について:
建築家の所在地にはこだわらない





I-5205、裁判用の意見書を書いていただける建築士さん(神奈川県)

ユーザー JK2248 の写真
投稿者: 
現住所‐都道府県: 
神奈川県
現住所‐郡市区町村: 
 
依頼内容: 

お世話になっております。
裁判用の意見書を書いていただける建築士さんを探しております。
 
特に、屋根および外壁に詳しい方だと嬉しいです。
詳細は別途ご連絡させていただきます。
 
お手数おかけしますが、よろしくお願いします。
 
建築家の所在地について:
建築家の所在地にはこだわらない





I-5204、設計図面が見つかりませんので……(熊本県)

ユーザー brotzmann の写真
投稿者: 
現住所‐都道府県: 
熊本県
現住所‐郡市区町村: 
 
依頼内容: 

自宅を売却予定しておりますが設計図面が見つかりませんので、売却する際に失礼に当たるのでお願いしたいと思います。
費用はおいくらくらいかわかりしたら、概算でも構いませんのでお願いします。
自宅住所
〒862-****
熊本県熊本市**********
 
建築家の所在地について:
同じ都道府県・近県の建築家を希望する





ユーザー ナイトウタカシ建築設計事務所 ナイトウタカシ の写真

家づくりを考えていると、

「せっかくなら、できるだけ多く取り込みたい」

そう思うことがあります。

 

光も、
風も、
景色も、
周囲の環境も。

 

外にある良さを、
なるべく家の中に
引き入れたい。

 

その気持ちは、
とても自然なものだと思います。

 

ただ、
設計を重ねていく中で、
ひとつ気づくことがあります。

 

すべてを取り込もうとすると、
同時に
すべてを受け止め続ける
暮らしになる、ということです。

 

強い光。
予想以上の暑さ。
通り過ぎる人の視線。
遠くの音。

 

外の要素は、
良いものだけを
選んでくれるわけではありません。

 

だからこそ、
どこまでを受け入れ、
どこからを手放すのか。

 

その線を引くことが、
とても大切になります。

 

全てを取り込まない、
という選択は、

不足でも、
消極的でもありません。

 

むしろ、
何を大切にしたいかが
はっきりしているからこそ
できる選択です。

 

たとえば、

大きな景色が見える場所でも、
あえて
すべてを見せない。

 

光が十分にある場所でも、
少し和らげて
取り込む。

 

外と距離を取りながら
付き合うことで、

家の中に
静けさや
落ち着きが生まれます。

 

設計とは、
足し算だけで
成り立つものではありません。

 

引き算や、
間引きや、
選び直しの連続です。

 

その中で、

「これは入れない」
「ここまでは求めない」

そう決めた部分が、
結果として
暮らしを支えてくれることも
少なくありません。

 

全てを取り込まない、
という贅沢。

 

それは、
環境を拒むことではなく、

自分たちの暮らしに
ちょうどいい距離感を
つくることなのだと
感じています。

 

家は、
外のすべてを
抱え込む場所ではなく、

安心して
身を置ける場所で
あってほしい。

 

そのために、
あえて
取り込まない選択をする。

 

それもまた、
とても豊かな
家づくりの考え方のひとつだと
思っています。

ページ

建築家紹介センター RSS を購読